時間ばかりが

最近の日本を海外から見ているととても、理解不能なことが増えています。もともとこの15年近く日本とアメリカでの生活でしたが、この数年は生活の基盤を完全に海外に移つしたものですから、なおさらそう感じるのかもしれません。

また飛行機に乗ると、日本を素通りする人たちが随分増えたように感じます。そして日本でテレビを見れば、とても豊かなテレビ番組と、気が重くなるようなニュース特集?

なんとなく元気が出てこない気分になる日本の町、駅前商店街は帰るたびにまたひとつと消えていく店、なにか冬の午後四時半とでも言う感じです。 これに対してぶち壊してやると言う元気な掛け声の人が、政治と官僚システムを変えるというのですが、そんな掛け声の前にどうも景気は悪化の一途のような感じがします。 
昔は必ず儲かってしょうがないと言う元気な知り合いがいたのですが、 どうも飲みだすと、最近は元気のなくなる話が多すぎるように思います。 政治が悪いのか、日本が技術の進歩に取り残されたのか、空洞化で堪えているのか?よくわかりません。

ほんとにこんな気分だけでいいのでしょうか?
創造の神であるシバ神は同時に破壊の神ですが、破壊と創造はひとつの飛躍的な創造と考えていいのでしょうが、どうもみていると、意図した破壊ではなく、なんとなく崩壊と言う言葉のほうがにあうような社会であるような気がします。 でも崩壊ってこれは、やはり新しい発想の時代の始まりではないでしょうか?

どう考えても胡散臭い話が山とあった、IT何とかと言う虚構もしくはバブルが当然のごとくはじけ始めたようです。 ただそのとばっちりが、まじめにやっている会社や個人にまでひどい痛手を与え始めているように思えます。 まあそのバブルの中で、二極分化と言い出しましたが、どうもそれもまたバブルのたわごとになりつつあるようです。 勝ち組みと自称していたところさえ、さっぱりさえない今日この頃、 それでもやはり世界にそれなりの地位を築いている日本企業も、まだまだありますね。

また中国からの安い商品が日本にデフレを起こしているとの、とても誰で納得しやすくまあ問題をよそに転化する意見もあるようですが、 ほんとに日本の市場価格がそんなに安くなったのでしょうか? 住宅の質とサイズを考えると、今でも世界一小さなマイホームで、世界一高い値段を我慢しなければいけない生活ってどこがデフレなんでしょうね?
確かに一部の商品の値段が下がりつつあるのですが、単純に中国の影響でしょうか? 空洞化はそれぞれの国が経験したことでは?

明日への不安が消費を減らしているのも確かです、 でもここで発想を変えてみてはどうでしょうか? 若い人たちみたいに、明日の心配をせずに生きましょうではなくても、やっぱりやることはいっぱいあるように思えます。

少子化時代?

先日久しぶりに神奈川県のはずれの山登りに行きました。途中で見かける子供の数が何かほんとに減ったような気がします、そして山を登る人たちがほとんど同じ年代の人たちで若い人はどこに行ってしまったのかなと心配になります。ただソフトの業界を見るとアメリカでは別に若い人が山ほどいると言った特殊な業界ではないのですが、日本では逆に若い人が圧倒的ですね。挙句は若すぎてプロジェクトリーダもいないプロジェクトを進められる会社ってすごいですね。
どうも年齢構成が歪んでいるようです。

カリフォルニアで団塊の世代の台湾系の米国人に会うと、10人に何人かはプログラマで特にデータベースのメンテナンス関係が多いですね。 日本でデータベースのメンテナンスを行うプログラマを企業が雇っていると言う話はあまり聞いたこともないし、データベースと言うと開発か入力の話になるような気がします。それともデータベースなんてまともに使われていないのでしょうか? 単なるアプリの一部分としておかれているだけなのでしょうか? 何か日本のコンピュータ業界がいびつな形のような気がします。

挙句は日本の官庁の申請書は書き込む欄がたくさんあるのですが、データベース屋から見れば一項目の入力とメンテナンスのコストを考えると、役に立たない、単なる統計のごみとして表示するための項目なんて税金の無駄ずかい以外の何物でもないのではないでしょうか? それとも紙の申請書がdigital dataになんてなることがないのでしょうか? 

まあそういっても、アメリカでも実際ineternetになって、追いつかない処理のため人手が増えたのも事実のようですし、まあ日本がとてつもなく遅れているわけではないようです。 10年くらいのものでしょう! 処理ソフトはアメリカから買えばいいのですが、日本では仕様を決める段階で、仕様を書く人の考えか、組織の考え方が根本的に古典的で、業務処理の書き込む様式こそかっこよくできているのですが、回線で処理するには処理するには問題が多すぎるようなきがします。

若い人たちにに何かを言えば嫌がられる時代のようですが、 そんな社会を作り出したのは、自分たちではないでしょうか? おいおい日本よ!どこに行くではなく、 どうにかしましょう。 いやできる時代が来そうな気がします。 破壊ではなく崩壊は、多分それも創造と対のものでしょうから?

次のページはとても面白いものです、 ぜひご覧ください。

(株)東京商工リサーチの記事です。
http://www.tsr-net.co.jp/topics/g_repo/level_4/67.html

自分はなにがたなのだろうか?


医学の進歩と長寿化

1-2年前の米国の雑誌が医療技術の進歩によって人間の寿命は150-250歳になるとであろうと書いていました。10-20年以内にかなりの疾病は治療可能になるでしょう。 さてこんなに人生が長くなる時代でもまだ65歳で年金をもらい始めると言う話を続けるのでしょうか?
65から150歳までの85年間じーと老後とやらですごすつもりなのでしょうか?

ちょっと視点を変えて考えれば、120歳が120歳の人間を対象として商売をするような、ある年齢を目標とした市場はこれからは、かなり重要な市場になるでしょう?
最近はリストラ組みや年金組みの引きこもり症候群が増えているようです。 若年者と違うところは、 行くところがない、 金を使う気がしないと言った理由で家に引きこもっているようです。 ひょっとしたら150歳まで生きてしまったらどうするのかを考えて、何か商売を始めましょう。 政府をあてにして待っていても、もう何もいい事は生まれてきそううもありません。
なにごとももう少し気楽に考えて、 100歳になったら何を新しくはじめようかなんて気分がうきうきしませんか? 眼をぐるぐる-と回して、もうちょっと気分を変えて明日の人生を考えませんか? 


大学でも、日本では少子化の現象で経営が大変になるそうですが、 ちょっと考えを変えれば、40才でも60過ぎでも、新入生を受け入れればいいのではないでしょうか? アメリカでもヨーロッパでも、 人生の途中でまた大学に入るなんてのは普通です。 社会も年齢給ではないので50歳過ぎでも新卒者として受け入れています。 日本では、50過ぎの新卒者を受け入れる企業を見すけるのは現在では大変でしょうが、 今の就職難で大学が企業回りするのでしたら、中身は同じ苦労です。 問題は50歳過ぎの新入生は教師を見る眼はそれなりでしょうから、教授陣の質を当然改善しなければ無理でしょうが? これはころころ代わる環境でアプリケーションを書かざる得ない人の苦労から見ればとても簡単に思えます!

掛け声とは関係なしに! 何しろ構造改革がほんとに始まりそうですから、 こうなると自由な発想力と過去の知識の蓄積が一番の財産になりそうです。



民主主義と効率

最近は地方自治の話題がいろいろとおきていますね。 町村合併とか住民台帳のネットワーク化とか、そしてとうとう選挙もコンピュータ化しようなんて話まで出てきましたね。 一番地方自治が確立されていたのは、日本の歴史では江戸時代ではないでしょうか? 財政的には、中央交付税交付金システムであり、中央に従属している部分があるにしても、現在よりはるかに中央の影響は少なかったと考えます。 何か現代では、明治以前は政治体制でも経済政策でもすべて無視して、すべて西洋の歴史を日本人は持ち出しますが、それほど日本の歴史はでたらめだったのでしょうか? 内務省が占領軍によって廃止されたはずなのに、羊頭狗肉な自治省なんて名前で町村合併と天下り自治体首長、占領軍によって隣組はその活動を禁止されているはずですが、いまだに自治体は隣組組織による自治体の宣伝紙を配布しています。

アメリカの民主主義はそれはそれで問題があるでしょうが、国家は国民にプロパガンダを流すことが禁止されています、そのため合衆国内ではVOAは受信することができません。 自治体が税収不足に襲われると、たとえ警察消防で有ろうと無給休暇を取らされます。自治体の議員数は3人、職員は人口で考えると日本とは雲泥の差です。なぜそれができるかと言えば、すべての住民にかかわることは直接投票に依存しています。 自治体が学識経験者とか諮問委員会とか名前だけの組織をつくり、勝手に住民の権利にかかわることを決定して強行することはできないようになっています。そして自治体は一般的に言って日本とは比べ物にならないくらい小さいものです。 住民は市が巨大になると分離独立を要求する例がよくあります。

なぜ小さい政府かといえば、見通せることに有るでしょう。透明度がますと言うことでしょう。 中央政府が何かを決定しても、それを自治体に押し付けるのは難しい機構になっています。 ましてや中央政府が押し付けることに対してその経費を中央政府が支払わない限り、それを実行することはありません。 法案を作るときにい予算がくらかかるのかを問題にします。

警察が道路行政をしているようですが、アメリカでは一旦停止の標識を作るのもはずすのもそこを利用する住民の意思です。 警察が勝手に決定すれば、警察を監督するコミッショナーがリコールされます。コミッショナは日本でいうところの公安委員会ですが、署長の任命権を持っています。お飾りみたいなことをすれば大騒ぎになるでしょう。

中央政府からみればこの自治方式はとてつもなく非効率に見えるでしょうが、中央政府はあくまで住民に対する住民によって委託されたこと対するサービス業務です。この辺がいつまでも日本の歴史の中の支配体制そのままで名前だけを換えて存続している日本の不幸でしょうか? もし効率を求めるのならそれはかって経験した全体主義が一見効率がいいでしょうが、後で支払われる住民のコストはとてつもないものになるでしょう。

選挙システムは一般的に投票用紙という紙に記述選択し、それを監視者の前で確認しながら当選を決定するはずですが、 ブラックボックス的なコンピュータシステムでボタンを押したのを集計するなんてコンピュータで動くギャンブル機と同じで悪意を持てば何でもできるシステムです。

民主主義の基本的な考え方は住民は愚かであり、間違いを犯す動物なのだと言うことを基本に作られているのではないでしょうか? いかに誤りを早く訂正できるかが民主主義の基本ではしょうか? 一度決めたのだからと石の上に三年式の発想はもう世界では通用しないでしょう。


OS X 

APPLEのOS Xの宣伝が米国のDr. Dobbs Journalに載っていました。UNIX inside Mac outside、UNIXのアプリケーションが簡単に動くとか、なかなか興味をそそる面白そうな記事です。Berkley側のBaybridgeのそばにあるAppleの宣伝はPlug and Playがこんなに簡単なんてとか、テレビではWindows ユーザーがOS Xはぜんぜん飛ばない環境だ。。。。

昔、社内で何台かのMacが使われていましたが、向こうのほうから”あ!”とか”あーあ!”とよく聞こえたものです。 実際使うとマウスボタンは二つにして、ひとつは電源スイッチにしたほうがいいとまじめに感じたものです。 そのAPPLEが変わったのだろうかと興味を持っていたのですが、 偶然知り合いが、APPLE互換機のUMAXの処分品を数百台まだ持っていて、安売りを手伝ってくれないかとの話、 Dual CPUのマシンを一台持ち帰り、 OS Xをインストールしてみようとすると、CPUを好感しないと動かない、 さてインストールしようとすると、HDD、CD DriveはAppleの指定するもの以外は動かない、APPLEの指定する機種にしかインストールできない。 まあ世の中いろいろな人がいるだろうからWebを見るとLowendmacと言うサイトでUMAXにOS Xをインストールする方法が書いてある。 これが金食い虫の始まり。

どうにかこうにかインストールして感想は、CPUはCPUアップグレードカードを入れて、G3 500M(1年前の普及機)にしてあるのですが、体感スピードはPentium II 200Mくらいでしょうか? 遅い!何しろ遅い! Plug and PlayとはAPPLEが指定するPCIカードならば動くと言うだけで、手持ちのものが動くわけではないし、落ちないと言われても、Windows 2000になってから随分再インストールの回数が減った事と比べると、何をいまさらです。 Windows MEと比較をするならば、それはただの冗談でしょう。

PCIは今ではMacにもSparcにも採用されていますが、べつにIntel用のPCIがそのまま動くわけではないようです。 専用を買わなければいけないのです。 APPLEようとなれば、2-5倍はします。 PCIのROMなんぞ無視して、必要な部分はドライバーで処理すればいいと思うのですが、 どこかボタンの掛け違い! さて開発キットがOS Xには付属します! GCC++が!
GCCで開発した商用packageソフトに関するライセンスがどうなるのかさっぱりわかりません。newsgroupでもかなり混乱しているようですが、これって気にしない人はぜんぜん無視しているけどいいのだろうか?

とうとう昨年末のニュースではOS Xはあきらめたようですね。

hardの互換性のなさは政策的なものなのか、技術的能力の限界なのかその両方なのか知りませんが、何しろ遅い、と言うことで部屋の隅で寝ています。


塞翁が馬

結果は何が良かったのか悪かったのかは、終わるまで分かりませんが、どんな時代の変化でも、それをチャンスにすることは可能だと思います。
冒険はちょっと難しい時代かもしれませんが、基本的なものはそう簡単に変わりません。

DOSのQuickSilverからARAGO for Windowsへ移行するのに躊躇している方もちょっとARAGOで遊んでみてください。 どちらもxBaseです。 発想を変えれば随分と楽に考えることが出来ると思います! 他の開発システムで散々お悩みになったにはもう一度、ARAGOを使えば、なんか気楽ななよく知ったが味わえると思います。

ちょっと自分でプログラムを書くに遠ざかった人も、また少し始めてみませんか?


現在QuickSilverで書かれたアプリケーションをARAGO for Windowsに書き換える作業を何件か受注しています。 ただVBで書き換えるという会社のめちゃくちゃに安い実現不能な見積もりに競合されるのには閉口しますが。 

ARAGOWでもARAGOIでも開発を引き受けます、もちろんC++での開発もお引き受けします。 ご相談ください。


今いくつかの新しいプロジェクトをスタートして、モニタに向かってキーボードをたたいています。Sparcでの作業を始める準備もできました、ARAGO for InternetはSolaris版になるのやらLinux版になるのやら???

ではご期待ください。